幽谷マサシ「すべる時間」(太田出版)
大阪芸大時代、落語研究会に所属していました。
どこの大学の落研もそうなのですが、
高座名というものを貰います。
芸名みたいなものです。
私はズバットという名前を頂きました。
名前を付けてくれた先輩に、
「どうしてズバットなんでしょうか?」
と聞くと、
「わし『怪傑ズバット』が好きやけん」
と答えました。
大学生活では、
本名ではなく、この高座名を呼び合います。
一つ上の先輩に、いちご吉さんや三球さんがいました。
一つ下の後輩に、悟空、うに吉がいました。
いちご吉さんは、
いつもチラシを描いてくれる藤本和也さんですし、
三球さんは、
漫画家の長尾謙一郎となって活躍しています。
悟空とうに吉は漫才コンビを組んおり、
コンビ名は「とんがりネッシーズ」と言いました。
二人の漫才は面白かったです。
二人だけではなく、当時、落研にいた人は、皆面白かったです。
特に、先輩方の面白さは、もの凄く、
「どうしてプロにならないのか」
と、在学中はずっと思っておりました。
実際、大学生が趣味でやるのと、
プロになって、芸で生活していくのとは、大きく違うのですが、
私はプロになりたかったですし、
芸人になって良かったと思っております。
在学中、
悟空がバイクで旅をすると言いました。
私も一緒に行きたいと言うと、
ヘルメットを貸してくれて、バイクの後ろに乗せてくれました。
バイクの後ろに乗ったこともなかったのですが、
乗ってみると、
いつもは自転車のスピードに慣れているので、怖いです。
バイク好きの方は、
風になれるからバイクに乗ると言いますが、
風にはなりたくないと思いました。
旅先で釣りをして、大きなヒラメを釣って、
そのヒラメの刺身を食べながら、悟空と一緒にテレビを見ていたのですが、
その時、『THE夜もヒッパレ』という番組をやっていました。
三宅裕司が司会で、出演者がカラオケを歌うという音楽バラエティ番組です。
タレント達が賑やかに楽しそうに歌っています。
悟空はこれを見ながら、
「ああ、この番組に出てえ。楽しそうやなあ。出てえ」
と言っていました。
その数年後、
講談師となった私が、四畳半の自宅で、何気なくテレビをつけた時、
『THE夜もヒッパレ』で、歌っている悟空を見て、
「夢は叶うものだ」
としみじみ思いました。
それは後のお話ですが。
悟空とうに吉は、卒業後、東京に行き、芸能プロダクションに所属し、
悟空は安田ユーシという芸名で、
うに吉はうに吉という芸名で、プロの漫才師「とんがりネッシーズ」となりました。
次に彼らを見たのは、テレビのブラウン管の中でした。
「進ぬ!電波少年」という人気番組で、
「人は超能力だけで生きていけるか」という企画にチャレンジしているのが、
安田ユーシでした。
「おおっ」
と驚きました。
五枚のカードが裏向けておいてあり、
中に一枚当たりのカードがあり、
超能力を使ってカードを当てると、ご飯を食べることが出来るという。
安田ユーシが、
「うーん」
と考えながら、カードをエイッとめくると、
見事に当たりました。
「やらせだ」
私は思わずつぶやきましたが、そんなことはどうでもいいのです。
とにかく、大人気番組に出演出来たのですから、これからドンドンと知名度が上がっていくに違いない。
「凄いなあ」
と思いました。
毎週、毎週、
「とんがりネッシーズ 安田ユーシ」というテロップが出て、安田ユーシは出てきますが、相方のうに吉はほとんど出てきません。
ちょこっとだけ安田の相方と紹介されていました。
「これは辛いだろうなあ」
と思いました。
「超能力生活」の企画が終わると、
今度はそれが発展して、「地球防衛軍」という企画が始まりました。
五人の超能力者が力を合わせて地球を救うのです。
安田ユーシは黒のコスチュームを着て、「五択の安田」という愛称で、リーダーをやっています。
他に、ブルー、ピンク、レッド、グリーンというメンバーがいますが、うに吉の姿はどこにもありません。
その後、落研仲間から、
「とんがりネッシーズは解散した」
という話を聞きました。
それから、さらに数年後の現在。
太田出版から発売されている「hon-nin」という雑誌があります。
スーパーバイザーは松尾スズキです。
その雑誌に「hon-nin大賞」というのがあり、
これは私小説や自伝、体験記だけを対象にしている文学賞です。
今回、その大賞を取った作品が、幽谷マサシ「すべる時間」です。
うに吉が漫才師を辞めて、小説家、幽谷マサシになったのです。
おめでとう。
良かった。
本当に良かった。
小説の形は取っておりますが、
落研の雰囲気はそのままですし、
電波少年の裏話などは、実体験に基づいておりますので、興味深いです。
面白い作品です。
「芸人の自伝はなぜか、いつも哀しい。そして、芸人に挫折した男の話は、哀しくておかしい。 聞いてほしい。骨の髄まですべりまくった男の話を」
松尾スズキ(hon-nin大賞審査委員長)
どこの大学の落研もそうなのですが、
高座名というものを貰います。
芸名みたいなものです。
私はズバットという名前を頂きました。
名前を付けてくれた先輩に、
「どうしてズバットなんでしょうか?」
と聞くと、
「わし『怪傑ズバット』が好きやけん」
と答えました。
大学生活では、
本名ではなく、この高座名を呼び合います。
一つ上の先輩に、いちご吉さんや三球さんがいました。
一つ下の後輩に、悟空、うに吉がいました。
いちご吉さんは、
いつもチラシを描いてくれる藤本和也さんですし、
三球さんは、
漫画家の長尾謙一郎となって活躍しています。
悟空とうに吉は漫才コンビを組んおり、
コンビ名は「とんがりネッシーズ」と言いました。
二人の漫才は面白かったです。
二人だけではなく、当時、落研にいた人は、皆面白かったです。
特に、先輩方の面白さは、もの凄く、
「どうしてプロにならないのか」
と、在学中はずっと思っておりました。
実際、大学生が趣味でやるのと、
プロになって、芸で生活していくのとは、大きく違うのですが、
私はプロになりたかったですし、
芸人になって良かったと思っております。
在学中、
悟空がバイクで旅をすると言いました。
私も一緒に行きたいと言うと、
ヘルメットを貸してくれて、バイクの後ろに乗せてくれました。
バイクの後ろに乗ったこともなかったのですが、
乗ってみると、
いつもは自転車のスピードに慣れているので、怖いです。
バイク好きの方は、
風になれるからバイクに乗ると言いますが、
風にはなりたくないと思いました。
旅先で釣りをして、大きなヒラメを釣って、
そのヒラメの刺身を食べながら、悟空と一緒にテレビを見ていたのですが、
その時、『THE夜もヒッパレ』という番組をやっていました。
三宅裕司が司会で、出演者がカラオケを歌うという音楽バラエティ番組です。
タレント達が賑やかに楽しそうに歌っています。
悟空はこれを見ながら、
「ああ、この番組に出てえ。楽しそうやなあ。出てえ」
と言っていました。
その数年後、
講談師となった私が、四畳半の自宅で、何気なくテレビをつけた時、
『THE夜もヒッパレ』で、歌っている悟空を見て、
「夢は叶うものだ」
としみじみ思いました。
それは後のお話ですが。
悟空とうに吉は、卒業後、東京に行き、芸能プロダクションに所属し、
悟空は安田ユーシという芸名で、
うに吉はうに吉という芸名で、プロの漫才師「とんがりネッシーズ」となりました。
次に彼らを見たのは、テレビのブラウン管の中でした。
「進ぬ!電波少年」という人気番組で、
「人は超能力だけで生きていけるか」という企画にチャレンジしているのが、
安田ユーシでした。
「おおっ」
と驚きました。
五枚のカードが裏向けておいてあり、
中に一枚当たりのカードがあり、
超能力を使ってカードを当てると、ご飯を食べることが出来るという。
安田ユーシが、
「うーん」
と考えながら、カードをエイッとめくると、
見事に当たりました。
「やらせだ」
私は思わずつぶやきましたが、そんなことはどうでもいいのです。
とにかく、大人気番組に出演出来たのですから、これからドンドンと知名度が上がっていくに違いない。
「凄いなあ」
と思いました。
毎週、毎週、
「とんがりネッシーズ 安田ユーシ」というテロップが出て、安田ユーシは出てきますが、相方のうに吉はほとんど出てきません。
ちょこっとだけ安田の相方と紹介されていました。
「これは辛いだろうなあ」
と思いました。
「超能力生活」の企画が終わると、
今度はそれが発展して、「地球防衛軍」という企画が始まりました。
五人の超能力者が力を合わせて地球を救うのです。
安田ユーシは黒のコスチュームを着て、「五択の安田」という愛称で、リーダーをやっています。
他に、ブルー、ピンク、レッド、グリーンというメンバーがいますが、うに吉の姿はどこにもありません。
その後、落研仲間から、
「とんがりネッシーズは解散した」
という話を聞きました。
それから、さらに数年後の現在。
太田出版から発売されている「hon-nin」という雑誌があります。
スーパーバイザーは松尾スズキです。
その雑誌に「hon-nin大賞」というのがあり、
これは私小説や自伝、体験記だけを対象にしている文学賞です。
今回、その大賞を取った作品が、幽谷マサシ「すべる時間」です。
うに吉が漫才師を辞めて、小説家、幽谷マサシになったのです。
おめでとう。
良かった。
本当に良かった。
小説の形は取っておりますが、
落研の雰囲気はそのままですし、
電波少年の裏話などは、実体験に基づいておりますので、興味深いです。
面白い作品です。
「芸人の自伝はなぜか、いつも哀しい。そして、芸人に挫折した男の話は、哀しくておかしい。 聞いてほしい。骨の髄まですべりまくった男の話を」
松尾スズキ(hon-nin大賞審査委員長)